東京高等裁判所 昭和37年(う)627号 判決 1963年11月27日
控訴人 被告人 清水三郎 外二名
弁護人 沢田竹治郎 外一名
検察官 福山忠義
主文
原判決を破棄する。
被告人清水三郎を罰金七〇、〇〇〇円に、被告人山本昭長及び同小松春男を各罰金五〇、〇〇〇円に処する。右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。原審における訴訟費用中証人花輪光雄、河西峯造、五味民啓、山田善之助、堀内緑郎、河西清大、平井恒夫、波田野忠次、川名重弥、神戸富士雄、木村茂孝、跡部東、田辺道仁、平島祐保に支給した分及び当審における訴訟費用は、被告人等の連帯負担とする。
被告人清水三郎及び同小松春男は、業務上横領の点については無罪。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人沢田竹治郎及び同馬場英郎名義控訴趣意書二通の通りであるから、これを引用する。
右に対する当裁判所の判断は、次の通りである。
第一補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下「適正化法」と略称する。)違反の罪について本件控訴趣意は、主として法律論であり、又多少の原審の事実認定を争うものであるが、これらに答える前に本件の事案の真相を検討して見ると次の如き事実が認められる。
(一) 原判示冒頭の事実及び原判示第一の事実中「同町の方針として、予算の不足から工事金は可能なかぎり補助金、起債等でまかない町の負担を少くしようとしていたので」という部分を除いたその余の事実(原判決挙示の証拠参照、なおこれらの事実は控訴趣意においても争わないところである)。
(二) 長坂町においては、本件大八田簡易水道敷設以前に長坂町簡易水道を竣工していたのであるが、同水道の水源が昭和三一年暮頃から水の出が悪くなつたので、国庫から補助金を貰つて増設工事をしようとの議が起きたが、結局被告人山本の意見により昭和三三年度から本件大八田簡易水道を計画し実行したこと、従つて後記の如く本件水道と長坂町簡易水道とは密接な関連があること(被告人小松の検察官に対する昭和三四年九月三〇日付供述調書-記録第四冊一六一九丁及び被告人山本の検察官に対する同月二八日付供述調書-記録第四冊一七九八丁)。
(三) 本件水道の昭和三四年三月三一日の工事の状況は、次の如くであること。
(イ) 取水池から配水池までの送水管四一〇米敷設
(ロ) 配水池から建岡神社前までの一〇〇耗配水管三〇〇米敷設
(ハ) 建岡神社前から大泉線県道を南へ更に約二〇〇米の間一〇〇耗配水管敷設
(ニ) 箕輪線県道七五耗配水管一〇四〇米敷設
従つて、同日付未完成部分は、原判示の畑中コの字型の七五耗配水管一〇〇〇米及び大泉線県道一〇〇粍配水管四八〇米となること((ニ)掲記の供述調書及び原判決挙示の証人花輪光雄、五味民啓の各証人尋問調書-記録第一冊一八五丁、一九九丁及び原審検証調書添付の現場検証見取図-記録第一冊一八四丁)
(四) 長坂町においては、昭和三二年九月一四日付を以て長坂町簡易水道増設工事認可申請書を県へ提出し、同年一二月一三日知事の認可があり、昭和三三年四月二八日県費の補助金九三三〇〇円を受領したのであるが、右認可申請をした頃本件水道敷設工事として本件配水池から建岡神社前までに既に敷設した三〇〇米の一〇〇粍配水管を利用し、本件水道工事とは別個に同神社前で丁字型に分岐し、長坂町簡易水道の旧管まで一〇〇米だけ一〇〇粍配水管を敷設して長坂町簡易水道へ通水したこと、長坂町簡易水道増設工事の設計では、本件配水池から本件水道の配水管とは別個に長坂町簡易水道のための配水管が更に一本出て建岡神社前で交差することとなつていたのにかかわらず、本件水道の配水管が既にできていたので、長坂町簡易水道増設工事としての配水池から建岡神社前までの配水管一本を省略して右の如く本件水道の配水池から建岡神社前までの配水管を利用したこと(被告人山本の検察官に対する昭和三四年一〇月八日付供述調書-記録第四冊一八三二丁、長坂町簡易水道増設工事認可申請について-当庁昭和三七年押第二三八号の五、簡易水道補助申請書提出について-前押号の六)。
(五) 昭和三四年三月二〇日頃本件工事の一部として西京屋クリーニング店の前まで箕輪線県道に敷設された一〇四〇米の配水管(前記(三)の(ニ))と長坂町簡易水道の配水管とを連結させ、右一〇四〇米の部分には長坂町簡易水道から通水されたこと(被告人山本の検察官に対する昭和三四年九月二八日付供述調書-前出)。
(六) 被告人山本は昭和三四年三月二五日頃工事責任者である株式会社山梨セメント商会の花輪光雄に対し、畑中の一〇〇〇米分及び大泉線県道の四八〇米分の配布管敷設の中止方を指示したのであるが、これは、畑中の個所は配水管敷設のための道路敷地買収がはかどらず、又この部分は住宅も殆んどなく、差当り水道の必要性も乏しく、大泉線の残四八〇米も右の畑中の一〇〇〇米分を敷設しなければ差当り必要がないというのが真の理由であつたこと及び同日頃右四八〇米の部分につき一部工事延期伺書を起案し、清水、小松の決裁を受けたが、右伺書には延期の期間として「自昭和三四年八月三十一日」の記載があること(被告人山本の検察官に対する昭和三四年九月二八日付供述調書-前出、一部工事延期につき伺ひと題する書面-前押号の九中にあり)。
(七) 昭和三四年五月七日頃甲府行政監察局の係員が来て本件水道工事について調査したこと((六)掲記の被告人山本の供述調書)。
(八) 本件補助金一二二万円の受領後大柴忠雄及び韮崎保健所の堀内係長から数回にわたり工事完成方の注意があつたので、同年五月一八日頃から一週間で山梨セメント商会をして畑中の一〇〇〇米の一部(約五三五米)につき七五粍配水管を敷設させたが、深さは設計より浅い五〇糎位の部分もあること、この敷設に際し、長坂町簡易水道の配水管と連結させたこと((六)掲記の被告人山本の供述調書、証人花輪光雄の証人尋問調書-前出、川名重弥の検察官に対する供述調書-記録第二冊七二三丁)
(九) 同年六月一八日に会計検査院の検査があることが判つたので、その一両日前に山梨セメント商会に頼み大泉線県道の既に配水管を敷設した道路の上の手直し及び残四八〇米の未敷設部分の上に砂利を敷かせたこと、右六月一八日の高橋調査官の検査は一応パスしたこと((六)掲記の被告人山本の供述調書)
(一〇) 同年八月初旬頃町長反対派の平島祐保等が本件水道工事に関し告訴すると騒ぎ出したので、八月一八日頃山梨セメント商会から七五粍パイプ一六〇本及び接手を送らせ、町直営で大泉線県道の残四八〇米にこれを敷設したが、通水はしなかつたこと、これより先同年七月三日頃被告人山本が山梨セメント商会の支配人五味民啓に対し畑中に仮敷設したパイプを安く引取つてくれないかと持ちかけたことがあつたこと((六)掲記の被告人山本の供述調書、五味民啓の検察官に対する供述調書-記録第二冊七四二丁)
(一一) 実績報告書の提出関係
実績報告書(適正化法第一四条に基く)は、昭和三一年八月二五日厚生省令第三〇号厚生省所管補助金等交付規則第五条により、補助事業等の完了の日から一箇月を経過した日又は交付決定の翌年四月一〇日のいずれか早い日までに提出することを要する旨定められているが、実際においては、この期限は必ずしも遵守されず、翌年度六、七月頃に提出されるのも少くないという実情であつたこと、本件においては、昭和三四年四月三日頃本件補助金一二二万円の請求書及び実績報告書の提出について伺書(前押号の一〇)が起案され、被告人等三名の決裁があつて、長坂町土木課員大柴今朝光が四月七日頃これを県厚生労働部公衆衛生課員山田善之助の許へ提出したところ、山田は補助金請求関係の書類は出納室へ廻したが実績報告書(前押号の一三)の方は後に検討することとして預つておいたこと、その後一一月初長坂町から韮崎保健所へ先の実績報告書を訂正し金額を減少させた実績報告書(前押号の一四三)が提出され、同保健所から県へ廻付され(県受付一一月五日)たが、当時既に長坂町の方で補助金全額一七七万円を国へ返還する動きがあつたので、右実績報告書は韮崎保健所を通じて、一一月二五日頃長坂町へ返還されたこと(大柴忠雄の原審第一、二回証言-記録第一冊二七五丁、四八一丁、堀内緑郎の原審証言-記録第一冊三七七丁、山田善之助の原審証言及び検察官に対する供述調書-記録第一冊三四七丁及び四六三丁、大柴今朝光の原審証言及び検察官に対する供述調書-記録第一冊二二九丁及び四五五丁、昭和三三年度大八田水道工事国庫補助金請求及び実績報告書(前押号の一〇)、執務日誌(前押号の一一)、昭和三三年度国庫補助金請求書(前押号の一二)、国庫補助事業実績報告書(前押号の一三、昭和三三年度国庫補助事業実績報告書(前押号の一四三)、返戻書(前押号の一四四)、なお、山田善之助は原審公判廷において実績報告書は昭和三四年七月頃県へ提出されたと供述しているが、関係証拠を検討しても右に説明した外に実績報告書が七月頃提出された形跡は見当らないし、又前押号の一四三の実績報告書について、被告人山本は原審公判廷で四月一一日韮崎保健所を経由して県へ提出し、その後訂正して七月上旬再び県へ提出したと供述しており-記録第三冊一三三三丁、第四冊一九八九丁、右の前押号の一四三にも四月一一日の韮崎保健所の受付印が押されていることが認められるのであるが、前記堀内緑郎の証言によれば、被告人山本の右供述は真実に合致しないものであり、四月一一日の韮崎保健所の右受付印も実際は前記の如く一一月初の受付であるにかかわらず日付を遡及させて押印され、ために受付番号も二五二三の二と枝番号が付されたものであることを認めることができる。なお又、前押号の一三の発かん番号が長土発三二二号であるのに同一四三の発かん番号が長土発一〇〇一号と著しくかけ離れていることも、長坂町の昭和三四年度文書発送簿(前押号の一六六)と対照するときは、前押号の一四三の実績報告書が四月一一日ではなく右の如く一一月初に提出されたことを裏づけるものである)。
以上(一)乃至(二)の事実を彼此検討して行くと、被告人等は始から本件水道を完成させる意図がなかつたものであり、国の補助金を貰つて長坂町簡易水道の水の出をよくするようこれを改修するために本件水道工事を計画し実行したのではないかとも疑う余地は多分にあるのである。若し然りとすれば、被告人等は補助金交付決定そのものを偽りその他不正の手段によりなさしめたものであるといわなければならないのであるが、本件訴因はそこまで主張されているわけでもなく、又本件にあらわれた証拠によつても、右の疑問は相当強いとはいえても結局それはあくまでも疑問に止るものであり、これを確認するだけの証拠はないといわなければならないから、当裁判所としても、そこまで確認するものではない。
しかしながら、右の(一)乃至(二)の事実をよく検討すると、本件一二二万円の補助金の交付決定を申請する当時は暫く措き、少くとも一二二万円の補助金を受領する当時においては、未完成の一四八〇米は遠い将来は別として少くとも近い将来においてはこれを完成させる積りはなかつたものと当裁判所としては認めざるを得ない。このことは、前記(一)乃至(二)の事実からも然く認められるところであるのみならず、被告人清水の検察官に対する次の如き供述により、当裁判所としては一層その確信を強めるものである。清水曰く「甲陽病院の方に布設した配水管は西京屋付近で長坂町簡易水道の旧管に連結し、甲陽病院の方には水が出ていた、それに建岡神社前から西京屋までの間は百姓地帯で水道の布設を希望もせず、個人給水の必要もないところである、本件水道は長坂町簡易水道の水源こ渇を救う目的で作つたものだから、その部分は特に必要を感じなかつた、又コの字型部分は道路の設計をしたが、土地の入手ができず、法務局出張所の敷地にする積りであつたのに、昭和三四年三月これが他に決定しようとしたので畑になつており道路も決つていない所へ水道をひくことは考えてもいなかつた」と(記録第四冊一六〇三丁、一六〇四丁)。
以上の如き事実関係であるからには、被告人等の本件一二二万円の補助金の受領行為が適正化法第二九条第一項に該当すること明らかなところであるが、この点について誤解を生じないように当裁判所の見解を少しく述べておくこととするが、当裁判所としては、工事が三月三一日までに完成しないのに補助金を受取つたすべての場合が適正化法第二九条第一項に該当するとまではいつてはいないのである。即ち、当裁判所としては、左様なすべての場合につきそれが適正化法第二九条第一項に該当するとも又しないともいつてはいないのであり、唯本件の如く補助金を受領する四月一一日には未完成であり、しかもその後も近い将来においてこれを完成させる意図がないのに(前認定の如く本件においては、被告人等に最も有利に解しても、昭和三四年八月三一日以前にこれを完成させる意図はなかつたものと認めざるを得ないし(前記(六)記載の一部工事延期伺ひと題する書面の延期の期間の記載参照)、又客観的にも前認定の如く昭和三四年八月においても未完成であり、原審検証時たる昭和三六年二月二日においても完成していない)完成したと偽つて補助金の支払を受けるが如き行為は、適正化法第二九条第一項に該当するといつているに過ぎないのである。そして、このことは、被告人等が後日真実を記載した実績報告書を提出して適正化法第一五条による確定を受け、未完成の一四八〇米に関する過払分を返還する意図があつたとしても、同法第二九条第一項違反の罪の成立を妨げるものではないのである。何故ならば、第二九条第一項の犯罪はこれによつて国の被る金銭上の損失の故に反社会的であるとされているものと解するを相当とするところ、現実の国損は、国がいかなる形態にせよ金員を支払つたとき既に発生するものといわざるを得ないからである。加之、本件においては前認定の如く正式に県に受理されたものではないにせよ四月七日頃本件工事は総工事費四八八万円を以て完成したとする内容虚偽の実績報告書を公衆衛生課へ提出しているのであるから、被告人等は、本件補助金受領当時においては、後日精算した過払金を返還するという意図はなかつたものと認めざるを得ないのである。
以下、控訴趣意において主張する主要な点についての当裁判所の見解を述べておく
(1) 適正化法第二九条第一項にいわゆる「偽りその他不正の手段」とは、交付決定を受けるについての問題であり、一旦交付決定を受けた者は、仮りに現実に補助金の支払を受けるについて不正があつたとしても、適正化法第二九条第一項に該当しないと解すべきかどうか(控訴趣意第一点の二の(三))
この点については、当裁判所としては、左様には解さないのである。それは、まず第一には、補助金の交付を受ける側において交付決定受領後年度の途中において所定の工事を勝手に縮小させたり或は又質を落したりしてなお所定の補助金の交付を受けた場合のことを考えれば納得が行く筈であり、第二には、弁護人主張の如きことが許されれば、終局においては当該工事を完成させる意図はあるが、早く補助金を貰おうと思つて、当該年度内に実現し得ないような計画をなして補助金をとりあえず受領しておくという弊風を助長しかねないこととなり、かくては、予算単年度主義の原則を乱す虞があることを考えても納得が行くと思うのである。
尤も、当該年度内に実現できると思つて補助金の交付決定を受けたが、事志と違つて当該年度内に実現できなくなる場合があることは勿論であり、かかる場合には、予算の支出者側において繰越の手続をとれば、翌年度においてその予算を使用することができるのであるが(大柴忠雄の原審第一回証言-前出、神戸富士雄の証人尋問調書-記録第二冊六一三丁、中川正幸及び河西清大の原審における各証言-記録第一冊三三七丁、三九一丁、なお繰越については、財政法第一四条の三参照)、この繰越はやむを得ない例外であり、この繰越の制度があるからといつて、弁護人主張の如きことが許されると解することはできないのである。
なお、この点については、当審証人河西卓爾の証言参照。
(2) 厚生大臣の本件補助金交付決定の通知が昭和三四年二月二七日付であり、これが長坂町に現実に到達したのは同年三月上旬であるから、昭和三三年度会計年度内に工事が完了できないのはやむを得ないものといえるかどうか(弁論書第一点一の(一)中にあり)。
この点については、本件補助金交付決定の通知書の日付が所論の如くであることは、前記の前押号の一二中の右通知書の写により明らかであり、従つて三月初頃長坂町に到達したものと認められるのであるが、本件工事は昭和三二年度からの継続工事であり、同年度においても既に五五万円の国庫補助金を受領しているのであるから(被告人山本の検察官に対する昭和三四年九月二八日付供述調書-前出)、特別の事情のない限り昭和三三年度においても国庫補助金が出ることは当然予想できるところであり、被告人等としても又このことを予想したものと考えられるから、即ち補助金をいわゆるあてにして工事を進めることは可能であつたのであるから、本件交付決定通知の遅延を以て本件工事の遅延の一因とする所論は当らないところといわなければならない。
(3) 本件一二二万円の支払は原判示の如く概算払でないかどうか(この点は、趣意書には明示されていないが、弁論書中にある)。
この点については、原判決はその趣旨必ずしも明らかではないが、概算払ではなく清算払であるかの如く考えているようであるが、原判決挙示の石橋多聞の検察官に対する供述調書(記録第五冊二二二九丁)同調書添付の「昭和三三年一般会計歳出予算に係る概算払について」、波多野忠次及び河西清大の原審における各証言(前者は記録第二冊六三一丁、後者は前出)によれば、本件一二二万円の支払は会計法第二二条、予算決算及び会計令第五八条第三号に基く概算払であると認めざるを得ない。しかしながら、それが概算払であるからといつて、適正化法第二九条第一項の適用がないということにはならないのであつて、このことは、前述の通り本条が保護しようとしている国損はその支払がいかなる形態にせよ国が現実に金員を支払つたときに発生するということを考えれば自ら納得が行く筈である(村上孝太郎著、補助金等適正化法二二三頁及び当審証人河合卓爾の証言参照)。
原判決は前述の通り被告人等が金一二二万円を精算払として受領したかの如く認定しているが、これは傍論として述べているだけのことであり、罪となるべき事実の判示として何らこの点に触れているわけのものではないので、この誤認は判決に影響を及ぼすものではない。
(4) 本件一二二万円の補助金の支払を請求するには、本件工事の竣工したことが要件となつてはいないから、被告人等が本件補助金の支払の請求に際し竣工届書を提出したからといつて偽りその他不正の手段を講じたことにはならないといえるかどうか(控訴趣意第一点三の(三))。
この点については、原審における大柴忠雄(第一回)、中川正幸、河西清大の各証言(いずれも前出)及び石橋多聞の検察官に対する供述調書添付の「昭和三三年一般会計歳出予算に係る概算払について」(前出、特に備考三の「当該事業が年度内に完成し」とある点)によれば、当該年度の補助金の全額の支払は、事業が完成していることが要件となつていることが明らかであるから、完成していないのに竣工届を提出する等の行為に出れば、偽りその他不正の手段を講じたことになることは多言を要しないところである。
なお、この点に関し、弁論書には、本件補助金の支払の請求をしたり又その際竣工もしていないのに竣工届を添付したりしたのは公衆衛生課の大柴忠雄係長の指導によるもので、被告人等が進んでなしたものではないとの主張があるが、大柴の原審以来の証言としては竣工していないのに竣工届を提出するよう指導したことは固よりこれを認めてはいないのであるが、仮りにそうだとしても、その場合には、大柴が被告人等又は情を知つて補助金を交付した者(適正化法第二九条第二項違反)の幇助犯等の共犯となるだけのことであり、これがため被告人等の犯罪の成立に何らの消長を及ぼすものではない。
(5) 本件犯行の動機の点についての原判示の「同町の方針として予算の不足から工事金は可能なかぎりの補助金、起債等でまかない町の負担を少くしようとしていたので」とある点が事実誤認かどうか(控訴趣意第一点三の(一))。
これは、本件犯行の動機に関する認定であるから、仮りにそれが誤認であつても、刑事訴訟法第三八二条にいわゆる事実誤認には該当しないのであるが、重要な点であるので、当裁判所の判断を述べておくと、被告人小松の昭和三四年一〇月五日付検察官に対する供述調書(記録第四冊一六六四丁)第二項には、原判示にそう供述があり、又被告人小松、山本の検察官に対する各供述調書に見られる如く本件工事につき山梨セメント商会に相当多額の寄付をさせていること等を考えると、前記被告人小松の検察官に対する供述は真実を述べたものと受取らざるを得ないのである。尤も、弁論書にある如く補助金は工事費の四分の一について交付されるだけであり、又起債は結局はこれを返還することを要するということを考えれば、原判示の用語はいささか正確を欠くといえないこともないのであるが、要するに町の負担をできるだけ少くしようとしていたことは間違いないところであるから、結局は用語の妥当性の問題に過ぎないのであつて、動機についての認定を誤つたものとまでいう必要はないところである。
以上控訴趣意の主要な点及び控訴趣意にはなくても、本件にまつわる重要な事実点及び法律点についての当裁判所の判断を述べたのであるが、右に触れた以外の控訴趣意の諸点は、その法律点についてはすべて弁護人独自の見解であり、又事実点については原判決挙示の証拠及びその他の関係証拠によつても何ら事実の誤認はないから、弁護人の主張する本件控訴趣意はすべてその理由がない。
次に、職権を以て調査するに、昭和三四年三月三一日における未完成部分は前記の如く一四八〇米であるのに、一二二万円の全額につき適正化法第二九条第一項に違反するかどうかという問題がある。原判決はこれを積極に解しているが、補助金が可分である場合には未完成部分についてだけ犯罪が成立すると解する説(村上孝太郎著前掲二二六頁)があるので、この点について考えて見るに、若し本件の場合これを可分に解すべきものとするならば、一二二万円から三八万三〇〇〇円を控除した残額八三万七〇〇〇円についてだけ犯罪の成立を認めれば足りるわけである。何故ならば、未完成部分一四八〇米敷設の経費についての補助金は、前述の昭和三四年一一月に提出された実績報告書(前押号の一四三)によれば三八万三〇〇〇円とされているからである。
しかしながら、形式論ではあるが原判示の如く本件は一通の小切手で支払がなされており、又実質論としても、本件一二二万円の補助金は当該年度内竣工を前提として支払われるものであり、しかも前述の如く昭和三四年四月以降近い将来においてこれを完成させる意図のないものについては、法律的にいえば本件の場合は可分のものとはいえないので、原判示はこれを正当となすべきである。
(その余の判決理由は省略する)。
(裁判長判事 栗本一夫 判事 上野敏 判事 赤塔政夫)
弁護人沢田竹治郎及び同馬場英郎の控訴趣意(一)
第一点
原判決は理由第一において「同町においては昭和三二年一一月一五日山梨県知事より大八田簡易水道敷設工事の認可を受け、昭和三二年度および同三三年度の継続事業として同工事を施行中、申請により同三四年二月二七日付で厚生大臣より昭和三三年度簡易水道施設費国庫補助金一二二万円の交付決定通知があり、昭和三三年度末である同三四年三月三一日現在において右工事の配水管三、〇〇五メートルのうち一、四八〇メートルが未施行であつたにもかかわらず、同町の方針として、予算の不足から工事金は可能なかぎリ補助金、起債等でまかない町の負担を少くしようとしていたのでそのころ被告人等三名は右工事が完成したように装つて右補助金全額の交付を受けようと共謀し、同年四月初旬甲府市橘町一八番地山梨県庁厚生労働部公衆衛生課において、水道係長大柴忠雄に対し、いずれも同町長清水三郎名義の右工事はすでに全部竣工した旨の竣工届およびその工事費は四八八万円でその四分の一に相当する補助金一二二万円を請求する旨の請求書その他の附属書類(昭和三五年押第二一号の一二)を提出して右補助金を請求し、これに基づき同月一一日同県出納長雨宮武彦より同人振出し、日本銀行甲府支店払い金額一二二万円の小切手一通を受領させ、もつて不正の手段により補助金の交付を受け」と判示し次で被告人等三名の判示第一の行為は補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下単に適化法と略称する)第二九条第一項、刑法第六〇条に該当すると断じて、被告人等を処断したのは違法であつて破棄を免れない。以下その理由を述べる。
一、原判決は適用すべからざる適化法第二九条第一項の規定を被告人等の行為に適用して被告人等を処断した違法あるもので破棄を免れない。
適化法第一条には「この法律は補助金等の交付の申請、決定等に関する事項その他補助金等に係る予算の執行に関する基本的事項を規定することにより補助金等の交付の不正な申請及び補助金等の不正な使用の防止その他補助金等に係る予算の執行並びに補助金等の交付の決定の適正化を図ることを目的とする。」とあつて明らかに同法は補助金等の交付の不正な申請、交付された補助金等の不正な使用等を防止し、以て補助金等に係る国の予算の執行と補助金等の交付決定の適法化を図るという国家の補助政策の実施が公正に且つ効率的に行われることを目的として制定されたものであることはいうまでもない。従つて同法に規定さるべきものは補助金等の交付の申請、これに対する決定、補助金等の交付の決定をうけた補助事業者等の補助事業の執行及び交付を受けた補助金等の使用等についての命令禁止の規定とこれ等の規定の実効性を担保すると共に補助事業者等の心理に圧迫を加えることによつて間接に行政法上の義務の履行を確保する為にこれ等の命令禁止の規定に違反する補助事業者等に違反の制裁たる罰(行政罰)を課する規定並に補助事業者等の補助金等の交付使用に関する行為で刑法等の処罰規定に触れるものについて刑法等の規定する罰の種類程度を異にするの必要ある場合の罰(刑事罰)の規定とであるべきである。
ところで、どういうわけで明治の昔から国が補助金等を交付して地方公共団体、私法人又は個人の事業を保護し、奨励してきた補助行政について昭和三〇年になつてその公正な効率的な実施を目的とする適化法というような法律が制定されるに至つたか又同法の罰則の規定特に同法第二九条のような規定が設けられたのかを検討するに、兎角補助金等は何等の反対給付なくして国から交付されるもので、しかもこれ等補助金等の交付に関する事務にたずさわる地方公共団体、私法人等の役職員は交付された補助金等を自分の懐に入れるのではなく、挙げて自己が役職員をしている地方公共団体、私法人の懐に入れるのであるから、少しでも多く補助金等の交付を受けることは地方公共団体なり私法人なりからは御褒美に預かるべきで御叱りを蒙るおそれはさらさらなく場合によつては府県民とか市町民とかから義挙として感謝されるというわけであるから、勢い地方公共団体の役職員が国の補助を受けるについていろいろの手段を弄するという風潮が年と共に殊に戦後になつて甚しくなつて、会計検査院からの年次検査報告中補助金等の不当事項及是正事項として指摘される件数の如きも昭和二六年度では五〇〇件、同二七年度においては一、一六六件、同二八年度では一、二七九件というわけで三年間に二五〇%以上も激増しているし、(補助金等適正化法の解説二〇頁参照、因に著者村上孝太郎氏は適化法案の衆議院大蔵委員会に大蔵省主計局法規課長として政府委員たる資格で出席して委員の質問に対し答弁説明した実務家である-筆者註)其の不当事項として会計検査院の指摘した中でも甚しきは事業費を過大に見積つて補助金の交付を申請して交付を受けた補助金だけで事業費をまかなつて事業者は一文も事業費を負担しなかつたとか、(昭和二八年災害復旧補助の中和歌山県御坊市では会計検査院で五千五百万円と査定した工事を一億五千八百万円と査定してこれに対する補助金を交付されている-昭和三〇年七月二八日衆議院大蔵委員会議録第四〇号九頁参照)架空の事業について補助金の交付を申請して交付を受けた補助金を別の事業費に使用したり同一事業について二重に補助金の交付を受けるというような極端なものがあつて、かような補助金等の交付についての弊風を打破するという為めだと理解される。この見方は同法案の提案理由として時の大蔵政務次官藤枝泉介氏が「ただいま議題となりました補助金等に係る予算の執行の適正に関する法律案につきましてその提案理由を御説明申し上げます。国の歳出予算は国民から徴収された税金その他貴重な財源でまかなわれており厘毛たりといえども、これが不正不当に支出されるがごときことは許されないのでありまして、政府におきましては常にこれを公正かつ効率的に使用するように努めている次第であります。しかしながら昭和二十八年度決算検査報告によれば、不当事項として二千二百余件が指摘され、そのうち支出に関係するものが千四百余件であり、このうち約九割近くを占める千二百余件は補助金に関するものでありまして、累年その件数は増加の一途をたどつてきた現状であります。その内容は事業費について過大に積算したり、不実の積算をしたものや、設計通りの工事を施工しなかつたり、自己負担を免れたりはなはだしいのは架空の工事や二重の申請をして国庫補助金等の交付を受けたもの等があります。(傍点筆者)。補助金等が国の歳出予算の約三割を占めている現在これらの補助金等にかかる予算の執行の適正化をはかることは喫緊の要請であり今回ここにこの法律案を提出した次第であります。<以下省略>」(昭和三〇年七月一九日衆議院大蔵委員会議録第三四号五頁参照)と説明されているのと同一である。
次に同法第三三条で地方公共団体の長その他の職員に対し適用される同法第二九条第一項の罰則の規定が設けられたのは補助金等は貰えるなら貰い得だとか、多少ごまかしてもそれは許される行為だとかの思想が地方公共団体等の役職員の間に瀰漫増長して国の補助行政の公正な効率的な実施を阻害しているからこういう思想を打破して更に百尺竿頭一歩を進めて補助金等は税金その他の貴重な資金でまかなわれておるものであるから、正しく使われなければならぬという国民の道義心を振起旺盛にし補助金等をごまかして交付を受ける行為は社会正義上当然許されない行為であるという観念思想を役職員に植えつけていく目的にいでたとする見解がある。この見解は政府委員たる大蔵政務次官の説明「(前略)しかもこの法律を出しましたのは今までともすれば何か村のため、県のためであれば補助金を多少ごまかしてもそれは許さるべき行為であるというような風潮の多い点にかんがみまして税金その他の貴重な資金でまかなわれておりますこの補助金というものが正しく使われなければならないという一つの社会道義と申しますかそういう観念を植えつけていくためにぜひともこの法律を御承認いただきたい。われわれは単にこの罰則をもつておどすという意味でなくて、ただいま申しましたような貴重な資金である補助金を公正に使うことが正しいんだ、それがたとえ一時村のため等になりましても決してそれは許さるべきでないんだという思想を植えつけたいということを衷心より念願しておるのでありましてこの法律の中にも受け取る方ばかりでなく、これを交付する側にも相当の義務を負わせまして、不当干渉の防止とか補助金の交付の遅延をさせてはいかぬというようなことをいたしまして両々相待ちまして所期の目的を達したい、こう考えておる次第であります。(昭和三〇年七月二八日衆議院大蔵委員会議録第四〇号一頁参照)」。村上政府委員の説明「(前略)ただ刑事罰がついておりますのは、これによつて何か罪人を作りたいというわけではないのでありましてこうした法律によつてはつきりと取締り法規を確定して補助金と申しますか公けの資金に対する道義的な責任が確立しますとそれによつて申請も必要な、かつ十分な額に自粛されるであろうこれは申請する側の自粛ということなくしては、交付する側だけではどうしても能力が足りないという趣旨から、われわれはこうしたねらいをつけたわけであります(同号五頁最下段参照)」。藤枝政府委員の説明「冒頭にもお答え申し上げましたように、この法律はいわば貴重な補助金、国家資金でまかなわれる補助金をたとえそれがいわば村のため等になつても、不当にとるべきでないということで、今さら自然犯と法定犯の刑法論を展開しようとは思いませんけれども、人殺しやどろぼうと違つて補助金については黒金委員も最初に申されたように、何かこういうものが許さるべき行為であるということに対して、やはりこれが社会悪であると申しますか反社会的なものであるということを規定いたしたいということがこの法律の目的でありますことは先ほども申し上げた通りであります(以下略)(同号八頁一段参照)」の説明と一致している。ところがこの適化法の制定や同法第二九条第一項の規定の立法目的についての前段の各見解に対しては相当強い反対の見解がある。というのは敗戦によつて国も地方公共団体も個人の各階層のいずれもが貧乏となつて兎角人の力にたよつて事をするのが近か道だという道義心の低下ということが根本であつて、そこへもつてきて中央官庁又は補助金等を交付する側の職員が補助金等の交付事務を厳正公平に執行も監督もしないとか適切な合理的な指導をも怠るとかいうことがむしろ補助金等の交付を受ける団体等の役職員の好ましからざる思想観念を増長さしたのであつてあながち彼等が国の補助金等が国民の血税でまかなわれているということをも無視する程に道義心が低下しているからではない。従つて補助金等の交付を適正化する為には補助金等を交付する関係庁の職員の側の一層の自粛と努力とを要請すれば足りかかる法律の制定の必要はなく、補助金等を受ける側の団体の役職員を厳刑を以て処断するのは行き過ぎでかかる規定を設けるのは国自身が補助金等交付の行政を公正に運営する能力なきことを暴露せるものであるとの見解である。この見解は昭和三〇年七月二八日の衆議院大蔵委員会における委員黒金泰美氏の「(前略)第一にこの問題につきましては補助金の予算というものが、申請の点におきましても非常にルーズである。あるいはまた査定におきましても非常に困難である。またこの監査が不十分であり、従つてその全体として見まして、予算の執行の中で最も大きな盲点になつていることは、これはもう周知の通りであります。従いまして、この法案を政府がお出しになつたお気持もよくわかりますし、またこの法案をお出しになつて効果がないということは私は言えないと思います。従て根本的には私は反対ではありませんけれども、この法律が出ましただけで、これで補助金の予算がほんとうに適正に執行できるという保障が果して得られるものか。また一方から申しますならば非常にきびしい規定をこの中に盛つておられる。これが行き過ぎの点がありはしないか。もつとほかにもこれを罰するならば罰しなければならない点、あるいは政府自体において非常に自粛しなければいかぬ点が多いのではないかかような見解からいささか質問をしてみたいと思うのであります。根本問題といたしまして、やはり現在の日本のあらゆる階層、国も貧乏でありますし、地方の団体も貧乏であります。あるいはまたいろんな各種の組合、農業団体その他の補助を受けるもの自体が非常に今窮屈でありますために、心ならずもこのような事態が起つておるのではないか。ことに終戦後のいろいろの道義の頽廃、ことに卑近な言葉で言いますならば、人の力を借りて何とかうまくやつていこう、そういうものが非常にほめられるというような道義の頽廃、こういう点に私は根本の問題があるのじやなかろうかと思う。そういう点に思をいたさずして、ただ厳罰だけをもつてこれに臨むということでは、ちようどこのほど行われました売春禁止法と同じような問題になるのではないか。売春をする弱い者だけをいぢめてみましても、これは決して跡を断たない。そのような趣旨からこの間あの案は流産になつたように思うのであります。こういう点につきまして、政府御当局はこの法案はこういう厳罰をもつてすれば必ず跡を断ち得る、改善できるという自信がおありになるのかどうかこの点を政務次官からはつきり御答弁願いたいと思います。」(大蔵委員会議録第四〇号昭和三〇年七月二八日一頁)委員井手以誠氏の「政務次官に御尋ねいたしますが、水増しだとか不正だとか盛んにおつしやいますけれども、不正があつたということはいわゆる中央の実施官庁の監督の不行き届きが私は前提であると思う。中央さえしつかりしておつて動かされないような態度を持つておつたならば、そういうことは起らぬはずである。これは議論にわたりましようから、私はあまり多くは申し上げませんが、大体この法律を出す趣旨そのものが政府の無能を暴露するものであると私は考える。自分たちでやれないことをたなに上げておいて、-もちろん悪いことはやかましく言つていいのですうんといつていい。山口県佐波郡の出雲村や八坂村の責任者に私はあとで問いたいと思いますが、政府はどういう処置をされたか、自分たちがやらなければならない監督をおろそかにしておいて、地方がごまかしたらといつて罰を加えるということはけしからんと思う。(下略)(大蔵委員会議録四〇号昭和三〇年七月二八日一五頁参照)同委員の「(前略)そこで私は少し考え方をかえてお尋ねいたしますがきのうかの朝日新聞によりますと山梨県に交付された補助金十四万円これは製パン工場設置費で冷害対策費の中にあつたそうでございますが必要がなくて返上されたということが美談として載つておる。こういうふうに必要でないようなものを交付する役所はどういうふうになりましようか。これは当然のことだと思うのです。また先刻も話がありましたが、補助金を交付する時分にはこの団体に幾ら流してもらいたい、いわゆる外郭団体に流せという指示をなさつておるとか、それは公文書ではないにいたしましても、いわゆる行政措置というものであるいは口頭でそういう指示がなされておる。実際災害復旧費その他ではなくして、それに関連したたとえば食糧関係においては製粉関係の協会でありますか、あるいはどんなものでありますか私ははつきりわかりませんからここで申し上げませんがそういう中央の指導についてはどのように御考えでございますか、先刻も黒金委員から御質問がありましたが補助金を流す方にもそういう妙なものがあるのではありませんか。そういうことは今後一切やらないつもりでありますか。やつたものはどういうように処置なさろうとお考えになつておりますかこの点御伺いいたします」(同日一六頁参照)の各質問で洵に鮮明である。独り立法府において適化法の制定特に地方公共団体の役職員に対する厳罰の規定は片手落でありかつこの規定だけでは所期の目的を達しえないとする意見が強調されているだけでなく適化法案の提出については時の内閣においても補助金等の交付の対象たる事業の所管各大臣は反対したのに拘らず大蔵大臣が強引に提出を主張した為に国会に提案されたがその時期は遅延して審議未了を予定されていたとさへ伝えられている。このことは昭和三〇年七月二八日衆議院大蔵委員会における黒金氏の「(前略)次に承りたいと思ひますことは、実はこの法案は前々回の国会でありましたか、われわれ自由党の内閣当時すでに提出になつた法案でございます。前回の法案と比べますると罰則の点においていささか軽くなつておりましたり、多少訂正はございますけれども、ほとんど変りのない法案であります。今回の国会が開かれましたのは三月中旬と記憶いたします。ところがこの法案が出て参りましたのはごく最近の話であります。なぜこのようにおくれたのか承わるところによりますと、これは人づてであり、新聞の記事でありますからよくわかりませんけれども、政府の部内におきまして、この補助事業を主として管轄しておりまする役所の方でこのような非常にきびしい法案が出ては迷惑だというようなことでもつていろいろごたごたしておつたために提出が非常におくれたように聞いております。ことに仄聞いたしますところではもう会期末に提出をするならば、おそらく審議未了に終るであろう、審議未了に終るならばまあ出してもいいのじやないかというような気持でお出しになつたとさえ一部ではいわれておるのであります。(下略)(大蔵委員会議録第四の号昭和三〇年七月二八日二頁参照)及び井手以誠委員の質問「(前略)それから閣議においてもずいぶんこの問題でもめたようであります。実施官庁である建設省や農林省は反対を唱え行政措置でりつぱに出きるはずである。現在の法規でも刑事罰はある刑法があるからりつぱに不正を改めることができるという解釈のもとに、行政措置でできることを強調されておつたけれども、大蔵大臣の強引な横車によつて-横車が適正かどうか知りませんけれども強力な主張によつてこれが提案されたと私どもは承つております(下略)(大蔵委員会議録第四〇号昭和三〇年七日二八日十三頁参照)」で明らかなところである。
かようなわけで適化法の制定そのことが当初から問題であつてしかも同法の制定施行だけでは同法の目的とするところを達成することは困難であつて僅かに補助事業官庁並に国の予算執行当局の補助金等の交付、その支払について公正な執行と厳格な監督とを可能ならしむる程度に補助金等の交付を受ける地方公共団体等の役職員の補助金等に対する従来の思想観念を蝉脱し彼等の行為は反社会性反道徳性罪悪性のものであることを自覚せしめたいというのが提案者の真意であるばかりでなく、適化法制定当時において国からの補助金等は多少ごまかしても許さるべきだという観念思想は独り補助金等を受ける地方公共団体等の役職員が抱いているだけでなく特種の者以外の世人も同様であつて補助金等を受ける市町村等の一般大衆は却つてかような市町村の役職員の行為に対して公僕としての国民に忠実な奉仕としてむしろ礼讃を惜しまないということまで提案者は知悉していながら恰も世人も役職員もかかる行為が反道徳性反社会性罪悪性の行為と認識しているものと前提した刑事罰の規定を設けたのは刑法自然犯の原理に違反するものであつてこの事は提案者も百も承知の筈であり法務省刑事局長検事井本台吉氏の昭和三〇年七月二八日開会の衆議院大蔵委員会における『「偽りその他不正の手段により」というのは刑法にかような用語が用いられておるわけではございませんが(速記録にはございますがとあるが、これはございませんがの誤植と思う-筆者註)この二九条による場合におきましては偽りの手段によつて補助金の交付を受けたという場合にはこれは現行刑法の第二四六条の詐欺罪の特別法というように私は考えております。「その他不正の手段により」という場合にはこれは詐欺罪にあらざるその他不正の手段によつて補助金の交付を受けた者という場合で、交付した相手方でその事情を知つている者もこの法律にひつかかるというふうに私は考えるのであります。依つてこの法律のできますことは現行刑法よりも一歩進んだ規定の仕方だというように私は考えております(傍点筆者)』(同日大蔵委員会議録第四〇号一八頁中段以下参照)によるも適化法第二九条第一項の規定が現行刑法の理論を逸脱したものであることを言外に述べている。
以上の適化法制定の経過その目的特に同法第二九条第一項の規定の性格等に鑑みると同法は補助金等をごまかして交付を受けるいう行為は反道徳性反社会性罪悪性の行為で何人にも当然許されない行為だという観念思想を一般世人にも、また、補助金等の交付を受ける公私の法人団体等の役職員にも抱かしめる為のいわば警告的、啓蒙的、PR的の使命しかもちえない法規であるから、仮りに偽りその他不正の手段によつて補助金等の交付を受ける行為をした者があつた場合には警察官でも検察官でもかような行為は交付される補助金等が国民の血税でまかなわれる貴重な資金であることから当然に反道徳性反社会性の行為すなわち何人にも許されない社会悪であるという思想観念を世人一般に浸潤させることが補助行政の公正な効率的な運用と国の予算の執行の適正とを期する上に喫緊であることからかかる思想観念を一般世人に浸潤せしめ道義心を向上せしめることの為に制定された規定であることに留意して補助金等を不正の手段で交付を受ける行為が反道徳性反社会性の行為であることを反省自覚せしめ行為者にかかる行為は当然に許されない社会悪であるとの信念に燃えしめるように懇諭することに専念すべきであつてこれでこそ立法の趣旨精神に合する所以てあつて、このことは先きに引用した藤枝政務次官の「人殺しやどろぼうとちがつて補助金については黒金委員も最初に申されたように何かこういうものが許されるべき行為であるということに対して、やはりこれが社会悪であるということを規定いたしたいというがこの法律の目的でありますことは先ほど申し上げた通りであります」「わわれは単にこの罰則をもつておどかすという意味でなく、ただいま申しましたような貴重な資金である補助金を公正に使うことが正しいんだそれがたとえ一時村のため等になりましても決してそれは許さるべきでないんだという思想を植えつけたいということを衷心より念願しているのです」政府委員大蔵事務官村上法規課長の「ただ刑事罰がついておりますのは、これによつて何ら罪人を作りたいというわけではないのでありまして、こうした法律によつてはつきりと取締法規を確定して、補助金と申しますか公の資金に対する道義的な責任が確立しますとそれによつて申請も必要な、かつ十分な額に自粛されるであろう、これは申請する側の自粛ということなくしては、交付する側だけではどうしても能力が足りないという趣旨からわれわれはこうしたねらいをつけたわけです(衆議院大蔵委員会議録第四〇号昭和三〇年七月二八日第四段参照)」の答弁に徴して明らかである。されば単に偽りその他の不正の手段によつて補助金の交付を受けたからといつて直に同条の規定に該当し処罰すべきものと即断して行為者を起訴することに急ぐのは同条が体裁は刑法の特別法を装つて自然犯を処罰する形式をとつているが、その実質は処罰の対象である偽りその他不正の手段で補助金等の交付を受ける行為なるものが、反道徳性、反社会性、罪悪性のいわゆる社会悪であるという国民の通念なり国民の感情なりがいまだ、一般国民の間に欠如している今日においては、かかる行為を特に禁止する旨の法令の規定が存し、その法令に違反してなされることによつて始めて可罰性を負うに至る程度の行為でしかないものであるから、単なるかかる行為を以て自然犯と同視している同条の規定によつては行為者を処罰しえない筋合であることを無視し、同条制定の趣意目的に違反し、却つて同条をしてその使命を果たすのに妨害にこそなれ、寄与するところの毛頭ない違法失当の甚しいものである。そのことは衆議院大蔵委員会における委員黒金泰美氏の「私はこの法案自体が、たとえば市町村の理事者に対して非常な厳罰をもつて臨んでいる。この点のお気持もわかりますけれども、今の世間の状態からして、かりに刑事訴訟をいたしてみましても、これは相当長引きましよう。長引いている間はやめなくても済むでありませう。そうして時間がたつ。そのうちには、ああいう刑罰まで受けても村のためにやつてくれた、町のためにやつてくれたといつて、まかり間違えば、今の時代世相からいうとこれは佐倉宗五郎になりかねないと思う。そういうふうな点をお考えになつたことがあるかもしもその人が信用できないというならばたとえばこういうことでもつて問題が起つた以上は五年間理事者の地位につけないとかそういつたことをする方がむしろよほど痛い。これをやられてみましても私はむしろその村ではかえつて今の風潮からいえば、ほめものではないにしても、英雄になるおそれがあるのではないかしら、こんなふうに考えるのです(傍点筆者、大蔵委員会議録第四〇号昭和三〇年七月二八日七頁三段四段参照)」の質問で明らかなように不正な手段で補助金等の交付を受ける行為をしたといつて市長や町長や村長などを同条の規定で厳罰に処することは却つて処せられた市町村長に対して市町村民は佐倉宗五郎に対するような態度をとるであろうし、そういう市町村長を英雄と崇拝することにもなりかねないのであつて処罰は却つて、同条の使命である一般世人に道義心-国の補助金等が国民の血税でまかなわれている貴重の資金であるからかかる資金をごまかす行為は天人共に許さない社会悪だという-を浸潤せしめるとか振起せしめることには何の役にも立たないところでなく、一般世人にかような行為者を崇拝したり英雄視したりする風潮をまきおこして、行為者を何の恥ずるところがあるものかというような心境に安住せしめ愈々道義心を低下せしめるのに役立つのみである。
しかるに適化法の制定施行(昭和三〇年八月二七日公布同年九月二六日施行)されてから僅々三年五ケ月余を経た昭和三四年四月当時にはいまだ一般世人は勿論当該役職員の間にもかかる行為が反道徳性、反社会性、罪悪性の行為で天人ともに許さない自然犯であるという観念思想は浸潤も徹底も普及もしていないことは顕著の事実であつてそれは昭和三三年度の会計検査院の検査報告書中補助金に関する不当事項として報告されている件数が少からずあることによつても明らかである。されば被告人等の偽りを申立て未完了工事に対する補助金の交付を受けた行為が国民一般の通念として又感情として反道徳性、反社会性の行為で社会悪とし自然犯を構成すということには至つていないことはいうまでもないところであるから、被告人等の行為が仮りに偽り又は不正の手段によつて補助金の交付を受けたということに解すべきものとしても、自然犯として処罰することは刑法理論に反して許されないところである。しかるに原審は単に工事の完成していないのを工事が完成したように装つて補助金交付の書類を提出して補助金の交付を受けたという事実を認定しただけで、かかる行為が反道徳性、反社会性の社会悪とする国民の通念又は感情については何等の審究することなく適化法第二九条第一項を擬律して被告人等を有罪に処断したのは適用すべからざる罰則を適用した重大な違法をあえてしたものであつてとうてい破棄を免れない。
二、原判決は適化法の解釈を誤つた違法のもので破棄を免れない。
(一) 適化法はいうまでもなく国の補助金等の交付という特殊な行政事務を適正にし、行政法関係の秩序を維持することを目的とするものであるから、同法に定める罰則は主としてこの行政法規に違反し、行政秩序を破かいする行為をした者を処罰するにあることはいうまでもない。従つて原判決が同法の罰則によつて処断しうる者は同法の規定に違反した行為をした者でなければならない。ところが同法の規定には補助金等の支払の時期については何等の規定がない。すなわち補助金等の支払は補助金等の交付される事業が工事中である場合にはその工事の完成後でなければならぬとする趣旨の規定は一つもない。却つて会計法第二二条に基き制定された予算決算及び会計令(以下単に会計令と略称する)第五七条第十号は補助金等について前払を第五八条第三号には補助金等について概算払を認めているから、補助金等の支払は補助金等の対象となつている工事の完成をまたずしてなしうることを適化法も認めているものといわなければならぬ。さすれば仮りに工事が未完了であるのに完了したといつて補助金の支払を受けるということはもともと適化法に違反する行為でない筈である。いわんやかかる行為が原判決では適化法第二九条第一項の偽りその他不正の手段により補助金の交付を受けるという行為に当ると判示しているがそれはとんでもない間違いである。この規定についてはすでに一において詳細述べて被告人等の行為に適用され得ない規定であることを明にしたがその解釈は暫くおくとしても元来この規定にいう偽りその他不正の手段ということは同条が法定犯でなく自然犯に対する罰則の規定であることから、当然に自然犯の構成要素としても最も枢要のものであり、これあるが故に補助金の交付を受けることが自然犯を成立せしめるのであつてこれがなければ補助金の交付を受ける行為は自然犯を構成しないわけである。従つて本件のような補助金の交付を受ける行為が自然犯を構成するというには補助金の支払を請求するについて工事の完了していないのに完了したと偽をいつたということだけが道徳上社会正義上当然に許されないという行為でなければならぬ筈であるが、そうとも一概にいえない。蓋し適化法自体において補助金の支払は工事の完了を絶対の要件とは定めていないばかりでなく会計法会計令では補助金の前払の制も概算払の制も認めていることからも、また支払の請求についてかかる事実に反する偽りだけで本来交付ずべからざる補助金の交付がなされたというわけでないことからたやすくわかるからである。ましてかかる単純な偽りが不正の手段によりという犯罪構成要件たる行為と解すべきでないことはいうまでもない。されば本件大八田水道事業に対する補助金の支払を単に工事が未完了それも全工事の三割余の未了前に受けたということをとらへて適化法にいう不正の手段によつて補助金の交付を受けたというに当るとして原判決が同法第二九条第一項の罰則を適用して被告人等を処断したのは明らかに同法の解釈を誤つた違法なもので破棄を免れない。
(二) 補助金等の交付という言葉は結局は補助金等の現実の支払が行われることまでの手続を指すのであるから現実の支払だけについての違法があつても結局補助金等の交付が違法であるということに考えられるのであるが、(一)において述べたとおり補助金等の支払は専ら会計法及び会計令の規定するところであつてこれが規定に反した支払は同法令に違反するということになることは当然であるが、適化法は補助金等の交付の決定について、自己負担を免れることになる水増補助金等の申請には交付の決定をしないとか、幽霊事業に対する補助金等の交付の申請に対してそのまま交付の決定をして補助金等を他の事業に転用するとかの不正を行わしめないとするとかいう専ら補助金等の交付の決定の内容実質に不正の行われることを防止する為の規定を定めているのであつて、適正に交付の決定のなされている交付金が現実に適正に支払はれることについては別に会計法会計令に規定するところである。従つて会計法、会計令に違反して補助金等が支払はれそれがたとへ支払を受けた側に違反の責がある場合でも支払を受けた者は会計法会計令の違反として処罰されるかそれともかかる会計法令に違反して補助金等の支払を受けた者はこれこれの罰に処する旨の規定が適化法に定められていて、これによつて処罰されるなら格別かかる明文の規定なくして適化法違反として処罰される筈のないことは明瞭である。
いわんや後に詳述する如く本件補助金の支払は概算払として会計法令にいささかも違反していないものである。されば原判決が被告人等の行為を以て会計法令違反を以ても処罰するに由なきに拘らず見当違いの適化法第二九条第一項に該当するとして処断したのは失当も甚しい。
(三) 適化法第二九条第一項には「偽りその他不正の手段により補助金等の交付を受けた者」とあるのは「偽りその他不正の手段によつて補助金等の交付の決定を受けて補助金等の支払を受けた者」の義であつて補助金等の交付の決定は何等偽りその他不正の手段によつて受けたのではなく単に補助金等の支払について偽りがあつたという者は包含しないと解すべきは当然である。
そしてかく解すべきことは前段一、二の(一)(二)の説明でも明らかであるが、適化法案の衆議院大蔵委員会における審議の際の質問答弁に徴し又右委員会に政府委員として出席して答弁に当られた当時の大蔵事務官(主計局法規課長で現在大蔵省主計局次長)村上孝太郎氏が著述された「補助金等適正化法の解説」なる書籍(発行所財団法人大蔵財務協会)の「(一)実質的要件、本条の犯罪は偽りその他不正の手段によつて補助金等の交付を受けることによつて成立するが、たとえ補助金等を受領するために不正な手段を用いるという事実があつたとしても、補助金等又は間接補助金等の本来交付さるべき対象であるが故に交付された場合であるならば本条の犯罪を構成しない。それは後述する如く本条の構成要件として不正な手段と交付との間に因果関係を欠いているからである。不正な手段と交付との間に因果関係が必要であるということは逆に表現するならば本条の犯罪の実質的要件として、偽りその他不正な手段を講じなくては補助金等又は間接補助金等の交付を受け得ない事情が必要であるということに他ならない。換言すれば交付すべからざる対象であるという要件が本条の犯罪の成立するためには先ず第一に必要であるということであろう。(二一五頁-二一六頁)」の記載及び「本条の犯罪の形式的要件としては次の三つの条件が最も重要である。(イ)偽りその他不正の手段があること。「偽りその他不正の手段」とは税法の「詐欺その他不正の行為」(所得税法第六九条法人税法第四八条関税法第一一〇条)と同じ意味である。偽りの手段はいわば不正の手段の例示であるが、不正の手段には大部分の場合偽りの要素が存在するであろう。補助金等の申請書に架空の補助事業等を記載し、或は過大な積算をもつともらしく見せる為に補助事業等に虚構の条件を附加する等にて偽りの手段と呼ばるべきものである。(二二〇頁一行以下)」の記載「(ハ)不正の手段によつて補助金等の交付を受け又は間接補助金等の交付若しくは融通を受けたこと。即ち不正の手段と交付との間に因果関係の存在することが必要である。従つて、正当に補助金等の交付を受ける資格のある事務又は事業であればたとえ申請者が交付事務に従事する職員を饗応し或はこれに金品その他の利益を提供した様な場合であつても本条の適用はないというべきである。蓋しこれ等の不正行為は涜職罪の適用はあつても補助金等の交付自体は当該補助事業等の経済的効果に基いて、与えらるべくして与えられたものだからである。(二二六頁-二二七頁)」の記載によつて明らかである。というのは村上氏の解釈では適化法第二九条第一項の犯罪を構成するには実質的要件と形式要件とがあるが、補助金等又は間接補助金等の本来交付さるべき対象であるが故に交付された場合であるなら、たとえ補助金等を受領するために不正な手段を用いるという事実があつても本条の犯罪を構成する実質的要件を欠き本条の犯罪を構成しないというのであるから、本件大八田水道事業に対する補助金の支払について被告人等が偽りの事実を申立てたというだけにすぎないで大八田水道事業が補助金の本来交付さるべき対象であるが故に交付されているのであることには間違いないところであるから、被告人等の行為は適化法第二九条第一項の罪を構成する必要な実質的要件を欠き被告人等を同条項によつて処断するに由なきに拘らず処断した原判決は適化法の重要な解釈をあやまつた違法のものでとうてい破棄を免れない。
(四) 補助金の交付を受けることの決定を得た事業が年度内に止むことを得ない事由で完成しないが次年度に入りて近く完成する見込があるときには当該年度末において工事が完成したものとしてその年度に交付さるべき補助金の全額の支払を関係書類を添附して請求すること、これによつて補助金全額を概算払として支払うことはいずれも補助金を交付する行政庁の職員の側でも亦交付を請求する行政庁の職員の側でも共に別段反道徳性、反社会性、罪悪性の行為とは意識していない。まして交付金を受ける市町村民はいうをまたず一般国民はかかる行為を以て反道徳性、反社会性、罪悪性のものとは毛頭考えない。むしろ国民感情、国民通念としてはかかる職員の行為を公僕の当然の行為として是認し却つて推称を惜しまないのが実情である。
従つてかかる行為をした者を処罰するには前提として先ずかかる行為をしてはならないとする明らかな法令の規定を必要とする。蓋しかかる行為が反道徳性反社会性罪悪性を負うに至るのはかかる行為を禁止する法令の規定が存在しこれに違反して行うことによるからである。
ところで、本件被告人等が厚生大臣から水道事業に対する補助金として三三年度予算から交付すとの決定を受けたる金百二十二万円の支払の請求を支払官庁にするに当つて水道工事の一部(三三年度分の工事の一部)三割一分が昭和三四年三月三一日現在では未完成ではあるが完成したことに書類を作成して補助金一二二万円の交付請求書を山梨県庁厚生労働部公衆衛生課水道係長大柴忠雄に提出し、同県出納長雨宮武彦より一二二万円の概算支払を受けたのであつて、この支払が概算払であることは厚生省環境衛生局水道課長石橋多聞が昭和三七年一月一八日東京地方検察庁におて検事藤井嘉雄に対して任意供述した調書中「山梨県長坂町における補助金適正化法違反の補助金の支払は概算払いであつてそれは会計法第二二条予算決算及び会計令第五八条第三号によるものです。また同条但書による厚生大臣と大蔵大臣の協議の内容は別紙の写のとおりであり、また本件補助金が概算払であることは支出官たる都道府県出納長に通知されておりその内容については別紙のとおりであります」の記載で明らかである。
従つてかかる支払方法によつて補助金の交付を受けることは被告人等においては毛頭反道徳性、反社会性乃至罪悪性の行為と意識をしていないのは当然であつて、長坂町民としても殊更ら被告人等に対して政党関係その他から敵意を抱く者はとにかくしからざる者は被告人等のかかる行為を以て反道徳的反社会的乃至罪悪性の行為とは夢にも思つていないのであるから明らかに適化法中にかかる行為をなすことを得ざる旨を明定し、この規定に違反したる者を処罰する旨の規定によるのでなければ被告人等にかかる行為を理由として処罰を課することを得ざるは法理の当然とするところである。しかるに適化法中には被告人等の為したような補助金交付決定の年度中に補助の対象となつている事業がやむことを得ざる事由で完成しないが次の年度内には完成の見込ある場合においても、年度内未完成の部分に対する補助金の部分は概算払としても交付を請求し又は交付を受けることを得ないことを明定した規定はなく、従つて右規定に違反して補助金の概算払を受けた行為をした者を処罰する旨の規定は一もない。されば原判決は行政犯の法理にも違反して被告人等を処罰した違法あるもので破棄を免れない。
三、原判決は重大な事実誤認の違法あるもので破棄を免れない。
(一) 原判決はその理由第一において「昭和三三年度末である同三四年三月三一日現在において右工事の配水管三、〇〇五メートルのうち一、四八〇メートルが未施行であつたにもかかわらず、同町の方針として予算の不足から工事金は可能なかぎり補助金起債等でまかない町の負担を少なくしようとしていたので」と判示して、一、四八〇メートル未施行であつたのはこれに要する町に予算がなかつたためであるかの如き事実の認定をしているのは誤認も甚しいものであつて、右工事の施行が遅延して年度内に完了しなかつたのは県道下に埋没すべき四八〇米は一、二、三月の寒気の強い期間に配水管を埋没する工事を施行することは県道の交通特に自動車等の運転に非常な支障を生ずる為に四月以後に施行を延期するの外なかつたからであるし、他の一、〇〇五米の工事は埋没する筈の道路の新設工事が敷地の地主等が被告人清水三郎の政敵の煽動に乗じて敷地の提供を拒んでいるので、できないから配水管の埋没を五月二四日に完成するのやむなきに至つたものである事実を誤認したものであり、従つて原判決が長坂町に工事を施行する予算のない為めに工事の完成がおくれたとか、予算のない為に補助金や起債で工事費をまかない町の負担を少くするの方針だといつているのは重大なる事実の誤認であるばかりでない。蓋し元来補助金は事業費の四分の一と定められていてその変更のない限り補助金の額には増減のない筈であると共に事業費を減少すれば当然に補助金も減少した事業費の四分の一だけ減少するわけであるから事業費を減少してこれを補助金でまかなうなどということは木によつて魚を求むるの類であるし、起債によるということは町の負担をその元金の外に元金の償還に至る迄の利息をも支払うべきこととなるわけでこれによつて町の負担が少なくなるわけはなく利息だけでも多くなることは必然で却つて町民の負担を増加することとなるべきことも必定であるのに起債によつて町の負担を少くしようとしていたなどという原審の認定判示は経験則に反するとんでもない事実の誤認といわざるを得ない。
(二) 厚生省においては本件のような水道事業に対する補助金の支払請求書又はその様式に関しては別段の内規を定めてはいないで各県に適宜任せていることは厚生省環境衛生局水道課長石橋多聞の藤井検事に対する供述書において明らかである。ところが当時は適化法による水道事業の補助に関する国の事務を厚生大臣から都道府県知事に委任する手続をしていなかつた(現在は委任する手続を了している)。従つて山梨県知事やその補助機関たる衛生部係官は本件補助金の対象となつている水道事業の工事に関しては検査とか指導とか監督の権限がなかつたから、水道工事が竣工しているかどうか、工事が設計の通りに行われているかどうかというようなことを山梨県衛生部係官においては検査する権限がなかつた。又厚生省の所管会計事務処理規則によつて水道事業に対する補助金の支払についての支出官たる厚生大臣の権限を都道府県の出納長に委任されてはいたがこの出納長が支出官としての権限を行使するのに、その支出すべき補助金の対象となつている水道工事が竣工したかどうかの検査をなす検査官を設けることを必要としないということになつていた。こういうわけで本件補助金の支払については山梨県の衛生部の係官においても、また出納長においても、水道工事が完成していたかどうかを調査も検査もする権限がなかつたので厚生大臣が昭和三三年二月二七日長坂町に対してした本件補助金の交付の決定に基く長坂町の補助金の支払請求に対して出納長は本件補助金の対象たる水道工事の完了しているかどうかを調査することなくこれが支払をなすの外ないわけであるから被告人等が本件補助金の支払の請求をするについて本件工事の竣工していることが要件となつているというわけのものでない筋合である。従つて被告人等が本件補助金の支払請求の際に本件工事は昭和三四年三月三一日に竣工した旨の届書を提出はしたがかかる届書の提出はもともとその必要がなかつたものであるからかかる届書の記載が事実に反していたからとて偽りの手段によつて被告人等が本件補助金の支払を受けたことになる筈がない。いわんや不正の手段によつて本件補助金の交付を受けたことは毛頭ある筈がない。蓋し補助金の交付を受けるということは補助の申請の決定を受けその決定された補助金の現実の支払を受けることによつて完了するが前述の如く本件の場合においては決定された補助金の現実の支払を受けるについて何等の偽りもその他不正の手段もなかつたのであるから、それにもかかわらず不正の手段によりて補助金の交付を受けたというのにはどうしても本件補助金の申請に対する交付の決定を偽りその他の不正の手段によつて受けたということでなければならぬ。ところが本件ではかかる事実を認むるに足る証拠は一つもないから原審が「以て不正の手段により補助金の交付を受け」と判示したのはこれ又重大なる事実の誤認でありこの点からしても原判決は破棄を免れない。
(控訴趣意(二)は省略する。)